土崎港曳山まつり
土崎神明社祭の曳山行事(つちざきしんめいしゃさいのひきやまぎょうじ)は、土崎神明社の例祭で、秋田県秋田市土崎港地区で少なくとも18世紀中頃から続くと考えられている歴史ある祭り。
毎年7月20日の宵宮と21日の本祭りの2日間に渡って行われ、国の「重要無形民俗文化財」、秋田県・秋田市の「無形民俗文化財」としても指定されている勇壮な祭りです。
祭りの呼称としては、地元・土崎では、「みなと祭り」(「港祭り」とも書く)と呼ぶ。そのほかの呼び方として、「土崎港曳山(ひきやま)祭り」があるが、口頭で用いられることはあまりない。なお、土崎地区以外の秋田市民であれば、単に「土崎の祭り」「土崎のおまつり」という呼び方をすることが多い。また、呼称そのものではなく、祭りを形容する言葉として「カスベ祭り」、「浴衣祭り(ゆかたまつり)」という異名がある。
交通アクセス
JR土崎駅(秋田駅の北隣の駅)で下車。
土崎駅出口(西側のみ)から正面方向に直進、徒歩3分で左手に土崎神明社(= 土崎地区の中心に位置)。さらに徒歩3分の直進をすれば本町通り(ほんちょうどおり = 祭りのメインストリート)。
祭り当日は交通規制があり、周辺の道路も渋滞するため、車で本町通り近辺に直接アクセスすることは困難。遠方から車で向かう場合は、遠巻きにホテルなどに駐車して、そこから徒歩、電車、バスなど。
なお、秋田ポートタワー・セリオン付近から国道7号線を渡って本町通りに向かう徒歩も、比較的、楽である。徒歩10分程度。
祭りの概要
曳山
「曳山」の本来の読みは「ひきやま」であるが、通常は単に「やま」と読む。ただし、「曳山行事」は「やまぎょうじ」ではなく「ひきやまぎょうじ」と読み、また、「(土崎港)曳山祭り」は「やままつり」ではなく「ひきやままつり」と読む。 あるいは、「山車」(通常は「だし」と読む)と書いて「やま」と呼ぶこともある。 以前は「曳山車」と書いていたが、文化財の指定にあたり「車」の文字をはずすことになった。
曳山は土崎神明社の氏子の町内として奉賛会(ほうさんかい)に加盟する各町内ごとに組立てられ奉納される。2008年現在52町内が奉賛会に加盟しており、そのうち曳山を所有する町内は35町内で、毎年20台前後の数が奉納される。
祭り当日の前後に行われる神事
土崎神明社の例祭は7月1日の 清祓いの儀式 に始まる一連の行事で、曳山行事はその終盤の例祭に当たる。7月22日の昇神祭にて一連の神事の儀式を終える。
各町内では「会所」(かいしょ)が設けられ、15日の統前町(とうまえちょう、後述)の大会所開き(だいかいしょびらき)を皮切りに、各町内の会所開き(かいしょびらき)の神事が行われる。その神事では各町内の曳山に神様の降臨を招き、厄除けを祈願する。
7月20日の進行
祭りの1日目である20日は宵宮(よみや)と呼ばれる。この日は、まずは自分の町内を練り歩くことが必須とされ、これによって町内の災いを祓うものとされている。 また、終日中には曳山が土崎神明社に立ち寄って参拝を行う。 2006年に土崎駅前の道路拡張工事に伴い、神明社の祭館、本殿の建て直し工事があり、境内の整備に合わせて鳥居をかさ上げする工事が終わり、曳山が鳥居 をくぐって境内に乗り入れることが可能となったため、神明社境内にて参拝・踊り披露が行われるようになった。 この曳山の境内参拝の運行は郷社参り(ごうしゃまいり)と名づけられた。
宵宮における曳山の曳子(ひきこ)は子供が中心である。
宵宮と21日午前に演奏される囃子は、テンポの速い「寄せ太鼓」である。
曳山は行程の所々で停止して、子供の輪踊りや舞方の演舞などの演芸が行われる。
7月20日の夕方以降
20日の夕方以降に本町通り(後述)の夜店に出かけるのは、子供や若者にとって楽しみの一つである。
近年では、観光客が曳山を曳く体験ができる催しも行われる。これは「ふれあい曳山」として港振興会が主催しているもので、協賛する町内が一旦会所に収まった曳山を観光客向けに運行するものである[7]。
7月21日朝から夕方までの進行
21日は例祭と呼ばれる。
午前中、各町内の曳山は、土崎の南端である穀保町(こくぼちょう)の御旅所に向かい、昼前までに集結する。曳子達は、午後の部に備えて腹ごしらえをする。
ここで土崎中の厄をお祓いした御神輿、御神体を迎える。天照大神を祭る土崎神明社の御神輿の先導は猿田彦が勤める。午後には御神輿が土崎北端の相染町(そうぜんちょう)の御旅所に向かう。統前町(とうまえちょう、後述)から選ばれた、裃に身を包んだ名士達が乗ったハイヤーも、列を成して追随する。
昼12:30頃に上がる‘のろし’を合図に、各曳山は、第1号車である相染町の曳山を先頭に、順次、御神輿に追行するように、祭りのメインストリートである「本町通り」(ほんちょうどおり)[10]を真っ直ぐ北に進んで相染町へ向かう。これを御幸曳山(みゆきやま)と呼ぶ。
御幸曳山のとき、曳山の向きは、武者人形がある方が前(進行方向)、囃子がいる方が後ろである。
演奏される囃子は、「湊ばやし」(みなとばやし)である。時折、湊剣ばやし(みなとけんばやし)、加相ばやし(かそうばやし)が演奏される場合もある。この3つは、「寄せ太鼓」に比べて、かなりテンポが遅く味わい深い曲目である。
多くの町内では、曳子は中学生以上である。曳き方は綱を進行方向に真っ直ぐ曳くだけでなく、横方向にも綱を振るなどし、宵宮よりも勇壮な様相を呈する。
御幸曳山では、宵宮よりも頻繁に曳山を止めて演芸を行う。
相染町の御旅所で神事が執り行われ、神事的意味合いの曳山は終わる。
曳山が相染町に到着すると、曳子達は、夜のクライマックスに向けて腹ごしらえをし、アルコールも入れる。
7月21日夜(戻り曳山)
夜8時の‘のろし’を合図に、号車番号が大きい曳山から順次、自分の町内への帰途に就く。それが戻り曳山(もどりやま)と呼ばれる、この祭りの一番の見ものである。戻り曳山のときは、やぐら(お囃子所)前(進行方向)、武者人形がある方が後ろである。前方の角灯篭が点灯され、その赤い色が夜の闇の中に幻想的に浮かび上がる。後方の武者人形は、提灯の明かりで照らされる。
戻り曳山のときに演奏される囃子は、「あいや節」(あいやぶし)である。
曳き方は御幸曳山のときにも増して激しく、曳子達が出す掛け声も荒々しい。あいや節に乗せて、進行方向の左右に波打つように綱を振りつつ曳くのが良いとされている。戻り曳山では、曳子が体のどこにもあざを作らずに済ますことは不可能と言われる。また、各曳山には10人程度の警護役が付いているが、それでも、曳子だけでなく観客も、怪我や事故のないように自ら十分な注意を払わなければならない。
戻り曳山における演芸は、「土崎盆踊り」(後述)が多く、踊る者の大部分が曳子である。
なお、20日・21日の両日は秋田市土崎地区で交通規制が敷かれているが、深夜12時には規制が解除されるので、その時刻までには曳山を通りから退 去させなければならない。しかしながら、交通規制区域を抜けると各町内によって進路や距離の違いもあり、最終的に町内に曳山が到着するのは明け方という町 内もある。なお、戻り曳山において交通規制区域外を運行する曳山には警察官(パトカー)が同行する場合がある。
祭り当日の後
21日深夜に祭りが終わると、22日には厄と一緒に神様にお帰り願い曳山は解体される。祭りの翌日に早々に片づけを済ませるのが美徳とされている。
各町内での神事としては、会所開きに始まって曳山に飾られた札と会所の祭壇に置かれた御幣と御札を委員長や役員の自宅に納める札納めで一連の神事を終える。
7月終わりから8月初めに行われる祭りの反省会である「笠収め」(かさおさめ)を祭りの締め(打ち上げ)とする町内も多い。